平塚社会福祉協議会

平塚市社会福祉協議会

第34回神奈川県福祉作文コンクール

本年度は、県内小・中学校から9,992篇もの作品が寄せられ、その中から平塚市の3作品が入賞しました。おめでとうございます。

*優秀賞* (神奈川県知事賞)
『わたし』
     平塚ろう学校中学部3年     遠藤 麻衣さん


 大変な思いをしてお母さんが私を産んでくれたこと、それが私にとっての幸せです。
 私が聴覚障がいと判明したとき、お母さんは、これから私に何をしたらいいのか考えたそうです。聴こえなくても、明るく元気な子どもに育てていこうと思ったそうです。
 ろう学校に通い始め、一緒に電車に乗り、手話や補聴器を付けている私に知らない人達の視線が辛かったこともありました。でも、お母さんはこんなことは気にせず、私とたくさんお話しようと手話を覚えたそうです。そして、なんでも経験させてくれました。いろいろな所へも連れて行ってくれました。まず、最初に体験したのは、体操教室です。入ったきっかけは姉が入っていたからです。私は体育が大好きでその気持ちをお母さんは大切に思ってくれて、教室の先生も「聴こえなくても、運動はできます。一緒にやりましょう」と温かく受け入れてくれました。先生は私の目を見てゆっくりしゃべってくれました。私は、通じることが嬉しかったです。私の周りはみんな健聴者でしたが、身振りやゆっくり話してくれて嬉しかったです。だんだんと友達になって、夏のキャンプにも参加しました。最初は不安だったけれど、姉や姉の友達が聴こえないことを理解して、私がとまどっていると声かけをしてくれたので、安心してみんなと楽しく過ごすことができたことを覚えています。また、空手もやってみたくて、地域の空手教室にも入りました。そのときは、お母さんも姉も一緒に始め、同じ目標をもって指導を受けました。先生も、
 「聴こえなくても絶対できます。一緒にやりましょう。」
と言ってくださいました。一生懸命練習し、審査を受けて合格できたときは大きな自信をもつことができました。不合格だった時もありました。原因は、声が小さすぎると言われました。私は声を出すことに自信がなく、みんなと違って発音が上手ではなかったので、不安になってしまったのです。でも、先生が
 「発音は関係なく自分の力で声を出せばいいんだよ。」
と言ってくださり、その言葉を信じて次の審査のとき、思いっきり声を出してみたら、結果は合格することができました。私にとって、体操の先生と空手の先生に出会えたことは、宝物です。その他も絵画教室など、私がやりたいと思ったことはなんでもやらせてくれました。私はとても感謝しています。ジェットスキーやウェイクボードなどなかなか経験できないことも、やればできることが分かりました。スキーも毎年、家族で出かけ、滑れるようになったし、なんでもやればできるということ、やってみようと思う気持ちが大事だということ、最初の一歩の勇気をもつことができました。今まで辛いこともありました。
 「どうして、私だけ聴こえないの?」
とお母さんに聞いたこともありました。自分の障がいを受け入れることができませんでした。でも、段々といろいろな人達に出会って自分だけではなく、私と同じような障がいがある人もいろいろなことをしている、その人達と話すことで自分の意識も変わってきました。
 仲間がいると人は強くなる。悩んだ時も話せる仲間がいる、特別でなく、わたしはわたしらしく生きれば良いと思うようになりました。これから先も、いろいろなことがあると思うけれど、大人になっても自信をもってチャレンジしていきます。また、周りの理解も深まっていけば、もっともっと幸せな社会になると信じています。それが実現できるように、自分が思ったことは積極的に言うようにする、視野を広げ、気づいたことには必ず対応する、自分も努力しながら成長していきたいと考えています。
 最後に、わたしの好きな相田みつをさんの詩を紹介します。
「しあわせは いつも じぶんのこころが きめる」
 この詩のようにわたしは、わたしの幸せは自分の心で決めていきたい。そしてもちろん、わたしらしく、笑顔をたやさずに・・・・・!




 *準優秀賞*
 『のばそう、福祉の芽』
   平塚中等教育学校1年  阿部 夢果さん


 あったかいねぇ、今日はありがとう。
 わたしが小学校三年生のとき、学校のボランティア活動でデイサービスセンターへ行った帰りぎわ、あく手をしたおばあさんの一言だった。自分はその日、ろう下のぞうきんがけや、まどふき、水まわりのそうじなど、水仕事ばかりして、寒い冬の日、手がかじかんでいた。あったかいねぇと言われた時、わたしはおばあさんの手のほうが温かいような気がして、不思議に思った。
「おばあさんの手も、あったかいですよ。」
わたしは、本心からそう言った。するとおばあさんがもう一度わたしの手を取って、「年寄りのわたしたちに手を差しのべてくれる人は、心があったかい人。心があったかいと、手もあったかいんだよ。」
わたしは、その時のおばあさんの優しい笑顔が、三年がすぎた今でも、忘れられない。
 わたしはこの日から、様々なボランティアに参加するようになった。デイサービスセンターの他、保育園、病院。点字を勉強して、目の見えない子どもと文通をしたりもした。みんなが笑顔でこたえてくれた。点字の文通も、いつもありがとうと毎回文頭にあった。わたしはこのような経験を通して、人間は支え合って生活しているから、助けを必要としている人に手を差しのべるのは、大切なことだと、改めて感じた。
 そして、わたしが経験したことから、この少子高齢化社会に提案したいことは、利己的な考えを持たずに、困っている人に手を差しのべよう、ということだ。ボランティアで、何かを手伝っても、自分には、何の利益もないと思う人もいるかも知れないけど、わたしは絶対にそんなことはないと思う。自分が小さな手伝いをして、誰か笑顔になるなら、誰か嬉しいと思ってくれるなら、わたしは時間も苦労もおしまない。この、原稿用紙何枚かの作文で、きっと世界中の人の心は動かないだろう。でも、この作文を読んだ、何人かの人が、そうだ、今までどうしてこんな大切なことを忘れていたんだろう、と思ってくれたら、わたしは嬉しい。
 情けは人のためならずということわざがある。意味は、人に情けをかけると、そのよい報いはめぐりめぐって、必ず自分に戻ってくるということ。まさにボランティアとは、こういうことだとわたしは思う。自分が大人になったとき、ボランティアをしている自分を見た子どもが、いずれ自分が年をとったときに、またボランティアをして、自分たちを支えてくれる。こんなサイクルが生まれれば、老後も安心して暮らせる国をつくることも、そう難しくはないだろう。福祉とは、こういうことなのだ。難しく考えることはない。小さなボランティアを、例えば一週間に一回したら、一ヶ月四回、年に何度、あの笑顔に出会えるだろう。小さな積みかさねで、何人の人を笑顔にできるだろう。芽生えたばかりの福祉の芽を、みんなの力で大木へと成長させていく、そんな明るい未来を担うのは、まさに今を生きる、このわたしたちなのだ。
 格好良くあることは、格好良く生きることは、ただ自分が強くあるだけではない。どれだけすごいことを成しとげて、どれだけの大金を手にしたとしても、それを私利私欲のために使っては、自分以外のだれも、笑顔になることはないだろう。でもそのお金を、貧しい国の学校建設のために寄附したら、どうだろう。学校ができれば、たくさんの子どもが笑顔になる。そして、その家族も笑顔になるし、そのニュースを聞いた、世界各国の人が笑顔になる。格好良く生きるとは、こういうことではないのだろうか。自分を犠牲にしてもだれかの笑顔のためにがんばれる。わたしはそんな、強く、格好良い大人になりたい。そんな大人になって、だれかを笑顔にできるような、そういう大人になりたい。きっと、いつになっても、自分がおばあさんになっても、あの笑顔が忘れられないだろう。あんな笑顔を、これからも、たくさん、たくさん見られる、そんな社会をわたしたちの手で築いていきたい。




*佳作*
『僕も目をつぶってみたよ』
   勝原小学校6年   佐々木 健人さん


 僕は、小学校四年生の時に学校の授業で近くの老人ホームを訪ねました。お話をしたり昔の遊びを教えてもらったり、トランプのババヌキでは、僕たちの方が負けてしまうくらい強かったです。老人ホームにいるおじいさん、おばあさんたちにも、僕たちぐらいのお孫さんがいると笑って話してくれました。
 だから、「僕にも、おじいちゃん、おばあちゃんがいますよ。」と、伝えました。
 僕のお財布の中には、宝物が入っている。三年前の夏休みに、北海道のおばあちゃんが、羽田空港でくれた、おこずかいの千円札だ。
 おばあちゃんは、目が見えない。四十歳の時に病気で目が見えなくなってしまった。
 だから、いつも、おじいちゃんが手をつないでいっしょに歩いている。
 おばあちゃんは、遠い北海道にいるので、いつもは、会えない。
 夏休みにたまに会うと、ぼくが大きくなっていることにビックリする。
 頭をさわって、体をさわって、手をにぎって、ぼくは、ちょっとくすぐったくて笑っちゃう。おばあちゃんもニコニコ笑っちゃう。
 「おばあちゃんは、いつも、どんなかんじなのかなぁ・・・。」
 僕も目をつぶってみた。
目をつぶったら、いろんな色が全部黒色になった。
 晴れて外にいたのに、目をつぶったら急に黒色だ。
 また、目を開けた。
 空の青、くもの白、お兄ちゃんの洋服のオレンジ、朝顔のピンク。いろんな色が見えた。
 僕は、もう一回、目をつぶってみた。
おばあちゃんの気持ちが少しわかった。
 「おばあちゃんは、一番何色がみたいのかなぁ・・・。」
 僕は、この千円札が、宝物。
だって、空港で“さようなら”する時に、おばあちゃんが
 「ちょっと待っててね。」と言って、お財布の中をたくさん、触って僕にくれたんだ。
 だから、欲しい物があっても、ちょっとこの千円札は、使えない。大切で、使えない。
 今年の夏休みは、会えなかったから今日、電話してみよう。
 僕の声を聞いて、喜んでくれるかなぁ、おばあちゃん。